【名古屋】ランチカタリベ@庵ひろ
2009.03.28(Sat) 庵ひろにて

ランチを食べながら・・・ということで、
もちろん、ランチを食べながら簡単に話をしつつ、
その後にカタリベカフェ。
今回の参加者は圧倒的に男性が多く、
料理に関する男性の関心度の世相を反映した
形になりました(本当?)
雑誌の広告批評ではオバマ大統領の特集。
スピーチライターの存在は、なかなか知る人はいないかも。
「なぜ私だけが苦しむのか」から、
機能面からみた宗教の見方も展開。
当たり前で見落としガチなことで、例えば宗教は、
自分を「精神的」に支えてくれるものというのは非常に強いものだと。
無宗教がちな日本人は、それを人のつながりとかいってるかもしれないです。
それは僕だけかもしれませんが(笑)
夏目漱石の「道草」では、男女の時代観が
当時から変わっていない、むしろ同じであることを指摘。
装丁のキレイさとはまた違うドラマが当時にも、
そして今にもあると。
「天皇のロザリヤ」は、分厚め。おそらく?天皇、GHQと
迫っていく、政治系の本。こういう本は個人的には
そのうちはまりそうです。にしても、「字」に関する知識の
カタリベは圧巻。また是非。
「人を殺すとはどういうことか」(美達大和)は、
著者が現役の囚人。人を殺して刑に服す人は意外に反省してない人が
多いという話は、もちろん被害者側からしたとんでもないことですが、
ある種の現実を著者は定義しているといえます。
もちろん、著者はそれを客観視、もしくはどうだろうかという視点が
あってこそ著書の価値は出てくるかと。
「生命の鎖」(丸元淑生)では、
食べるということという点で、トマトのエピソードを紹介。
トマトを選別するときに、コンベアに乗せる。その際に形が崩れないように、
固いトマトを作る。そして、熟さないうちにもぎとってしまう。
それはある種製品として必要だけども、そもそも旨いのかと。
ラストは「PLUTO」。
SFの中で、日本のSFは未来の世界で人がどう感じて動くかの、人に焦点をあてがちだが、
海外SFはスケールが若干違うという話もあり。
PLUTOでは、手塚治虫という人は、ロボットなんだけど、人っぽいという点、
または、科学というものへ皮肉を込めていると指摘。
今回のカタリベは、結果的にテーマが「人、自己」などといった
現代では忘れがちな深きテーマでした。
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