カタリベカフェは何でやってるんですか?
自分がやってて楽しいからです
本が好きだからというのもありますが、自分が楽しいというのが一番です。あとこういうことをやっている人を見つけられなかったから、自分でやってみようというのもありますね。もちろん、同じようなことをやっている人がいるかもしれませんけどね。
カタリベカフェは誰が行っているんですか?
2009年9月現在、運営は大橋、ナカハラ(関西)、ざいまさ(広島)が行っています
常にこういうことをやったら面白いのではないか?という提案、意見、企画は受け付けています。また、一緒に運営をやりたいという人も募集しています。面白い場を一緒に創っていきましょう。
カタリベカフェは「カフェ」(喫茶店)なんですか?
違います
誤解を招く名前ですが、気に入っているので。カフェのような雰囲気とか、そういう意味合いで使っています。実際のカフェではありませんので、お間違いなきよう。
リンク力、常識を疑うについて
2007年10月に行われたジョイント企画での、話にあったことです。
このQandAにこれを書く理由は、結局、カタリベカフェ自体がそういう方針で行われていることを、端的に説明してくれると思うので、説明させてください。
まず、「リンク力」についてですが、これは「リンク力(りょく)」という一種の力です。別に定義しているわけではないですが、あえていうなら「物事や事象をつなげる(=リンク)ていく力」となります。
編集能力とか、再構成するとか、そういうイメージですね。
このリンク力は、普段のカタリベカフェで頻繁に行われます。
実際とはやや違いますがイメージとしては、
1.1冊の本が提示される。
2.タイトル、著者、年代、テーマ、デザイン、解説・・・など
多岐にわたる点から、リンクを探す(実際に探せるかどうかも含めて)
3.語り手の思いや感じたこと、内容などからどこかでつながる、またはつなげる。
例えば、「村上春樹」の作品が紹介されたら、
他の村上春樹の作品を挙げたり、村上春樹の全体の作品印象をあげたり、
旅の話だから、世界の話だから、自分の話したいことにつなげたり、
実は全然違う話だけど、これは面白いということを感想をすぐ言ったり、
昨今だと映画や漫画化になっていないか、または本は読んでないが、
映画を見たという話を展開したり、
感じ方が違っていたり、読み方が違っていたら、なんでそうなったかを
ちょっと話してみたりと、
そういうことがあります。
ちなみに、リンクさせると、同じものがより楽しめたり、
深まることがあります。
次に常識を疑うことについて。
これについては、別に政治体制やらそういう思想、宗教、文化的なものとか、
社会とかですね、そういうのの常識を疑う場であるという変なものはありません。
ただ、「これは常識だからとか」みたいな話は
「一切無駄である」ことをここに明示しておきます。
何を言いたいかというと、「常識」が常識であると考えるのも、
またある程度の社会常識があるのは「当然」なのですが、
それは人を馬鹿にしたり、知識不足だといって辱めるようなことは、
この場では意味がないということです。
端的に簡単にいえば、
「分からないことは分からない」という言える場を目指しているということです。
別に知らないことをなくしていこうとか、そういうことではないですが、
「これが分からないです」ということをいえる場を目指していること、
それによって、「常識」だと思うものは、実は違っているかもしれないと、
疑うことに関連していることを書いておきます。

